世界の果てまでタイコ担ぎ旅〜総集編5

『世界の果てまでタイコ担ぎ旅』総集編、その5は

「和リーグ」ルクセンブルグ〜スイス。メンバーはようそろ+山田路子、廣原武美、宗山流胡蝶+スタッフ。

 

和太鼓+邦楽器+舞踊という豪華な編成。

 

日本からは当時最新のオール2階建の巨大エアバスで移動。

 

ルクセンブルグ〜スイスはこのカワイイプロペラ機で移動。この後すべての太鼓がロストするという悲劇に(苦笑)。

 

公演はエンターテイメント性の高い内容で、お客様の受けはとても良かった。

 

ルクセンブルグではプロデューサーのムチャ振りで衣装を着て街に繰り出し、アー写撮影。

 

チューリッヒに移動。着いてみたら全ての太鼓がない!

即リハなのに…「終わった。」と思ったら、

いまや世界中、どこでも太鼓愛好家はいるものです!レミさんという日本で暮らしたこともある男性が、太鼓を持って駆けつけてくれた!(あまりに緊急事態で、写真が一切ない。。。)

結局本番直前に太鼓が届き、公演は無事終了。レミさん、どうもありがとう!!

 

スイス国内は車移動。

海外での運転は2010〜2011の「上妻宏光アメリカツアー(いずれアップします)」で慣れていたので、お手のもの。

 

お手のもの、には見えない(笑)。

 

葡萄畑。

 

小さな町の、コンビニチックなお店。こういう陸路ならではの「生活に根付いた景色」を見られるのは、とても楽しい。

 

この度については、何を食べたか全く記憶にない。食事の写真も全くない。

唯一あったのが、このブレブレのビールの写真。スイス製には間違いなさそうだ。

 

 

ほかに、この度の最中に撮った写真。ブログのメイン写真や年賀状に使っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


世界の果てまでタイコ担ぎ旅〜総集編4

 

『世界の果てまでタイコ担ぎ旅』総集編。

その4は、2010年「JAPAN ANIME LIVE」ヨーロッパツアー。

日本のアニメを題材とした音楽や芝居等をヨーロッパ各国の舞台上に出現させようという、壮大なプロジェクト。

諸般の事情により実際開催されたのは計4カ国6都市での7公演だったが、日本国内での準備(1月半)、渡航期間(1月半)合わせて3ヶ月ほど、この仕事に関わった。

 

旅の相方はお馴染み、小泉謙一。しっかししょっちゅう髪型変わってるな(笑)。

 

我々は『NARUTO』の1ストーリーを殺陣を前面に出した舞台に出演。

 

6年での公演に約7週間、全て陸路でバス移動という、結果的に恐ろしく贅沢な?時間の使い方のツアー行程となった。

写真はイタリア〜フランスをまたぐアルプス山脈。モンブランの脇を通って国境越え。

 

公演数は少なかったが、各会場とも数千人規模のアリーナ。ここにド派手にバッチリコスプレした熱狂的アニメファンが集結する。普段の公演とは全く異なる雰囲気で、面白かった。

 

巨大バックスクリーンに映し出されたのは、愛知万博に次いで2度目(以来ないかも)。

 

訪れたのは以下の都市。

パリ(フランス)、デュッセルドルフ(ドイツ)、ブリュッセル(ベルギー)、ミラノ、フィレンツェ、ローマ(イタリア)、

とにかく空き日がたくさんあったので、まあひとしきり観光させていただきました。

 

コロッセオ

 

ピサの斜塔

 

 

『NARUTO』のキャストは若手が多く海外経験も少なかったので、連れ立って歩くときはミョーに頼られたりしてた。

音楽部門の太鼓と芝居部門の殺陣アクション…なにか共通する匂いがあって、仲よかったな(笑)。

 

 

10年前か…。

今思えば、若い時にしか経験できないような旅だったように思う。

思い出深い旅の一つだ。

 

 

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世界の果てまでタイコ担ぎ旅〜総集編3

 

『世界の果てまでタイコ担ぎ旅』総集編。

今回は、2012年林英哲中東ツアー。

 

 

師匠に風雲4名+アシスタントJoe、ゲスト竹井誠さん(笛・尺八)、舞台スタッフ+制作5名、総勢12名という大所帯での旅だった。

カタール、UAE、オマーン、バーレーンの4カ国。ひと月近い長旅だったように記憶している。

 

中東はとにかく建造物の大きさ・威厳に圧倒される。

 

出来立てホヤホヤの超巨大なホール。あらゆるものが電動可動式だった。

 

他所の国での勝手の違いに戸惑うことはもちろんあったが、同行スタッフがいる安心感で、出演者にとっては比較的気楽な、大名旅行でした(笑)。

 

砂漠ツアーに行ったり

 

スークでショッピングしたり。

 

全く似合わないオマーン帽をかぶったり(苦笑)。

 

 

オマーンでは、現地ミュージシャンとの交流があった。

中東と一括りに言っても、オマーンあたりはペルシャ湾の外側で海の向こうはアフリカなので、音楽・踊りはかなりアフリカ寄りの匂いを感じた。

 

イスラム圏の上級のホテルには、必ずと言っていいほどロビーでお茶をいただけるブースがある。

戒律上お酒を飲めない分、こういう文化が発達しているのか。

 

中東でとても気になるのが、一軒一軒の家の上に据えられているアンテナ。

やたらでかいパラボラが、一棟の建物に3個も4個もついてるのだ。

あの大きさが必要なのか?うまいこと集約することはできないのか?

建物や塀などえらいお金をかけてそうな家でも、屋根の上がとっちらかってる感じ。なんか笑ってしまう。

 

 

公演はおかげさまで、各地で大好評。

何処かの国で、師匠は偉い人から宝箱のようなものをもらっていた(香料の詰め合わせ?)。

大学のワークショップでは、イスラムの衣装で肌の露出を控えた女の子達の目元のメイクやネイルや携帯のデコレーションの「ビカビカ」さに、ちょっと引いてしまった(笑)。

 

各国大使館、現地職員の皆さんらにも大いに助けられ、非常に有意義な旅であった。感謝。

 

 

 

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世界の果てまでタイコ担ぎ旅〜総集編2

 

『世界の果てまでタイコ担ぎ旅〜総集編2』今回は…

 

その2「ようそろ 東欧ツアー2009」

国際交流基金派遣事業、メンバーは はせ、岡田、山田路子(笛)、廣原武美(津軽三味線)の4名。

 

みんな若いなあ〜。

 

.魯鵐リー

ハンガリーは、これまで訪れた中でももっとも思い出深く、大好きな国の一つだ。

かの有名な、リスト音楽院の大講堂にてコンサート。

 

学校でのワークショップもあった。みっちー(路子)の能管のデモ演奏で、聴いたことのない異質で強烈な音色に驚き、小さな女の子が突如激しく泣きだしたっけ(笑)。太鼓体験コーナーは大受け。公演後給食もいただいた。

 

この国ではグヤーシュとホットワインが、とにかく美味しかった!

 

移動はいつも大荷物。この度は珍しくロストも破損もなかったように記憶している。

 

▲屮襯リア

異国感が半端なかった。なんせ文字がこれですから。

ノコポ?(これで「ようそろ」と読む)

 

新聞にも掲載された。

 

オペラ劇場にて公演。カーテンコール時、舞台端に重厚な花がいくつも飾られた。

「ドブロウットロ(おはよう)」「ブラゴダリャ(ありがとう)」MCのため頑張って覚えた。

 

早朝のTV出演。眠そう…。

 

この国の音楽はすごく独特で、変拍子なのに踊れる!

 

ポーランド

24時間しかいなかったので、写真がほとんどない…。

写真中央の方含め、大使館スタッフの女性が美人さん揃いだった(笑)。

いい顔で旅を締めくくってますね。

 

 

この旅以降、東欧に惹かれまくっている。

ミステリアスな感じとともに、アジアに通ずる親近感もあって。食べ物も、文化も。

クロアチア、エストニア、チェコ、ジョージア、そしてトルコ…行きたい国満載だ。

東欧旅したいです。どなたか仕事くださいな!

 

 

 

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世界の果てまでタイコ担ぎ旅〜総集編1

ふと思い立って、

過去の海外ツアー&公演を、写真で振り返ってみようかと。

題して『世界の果てまでタイコ担ぎ旅〜総集編』。

 

写真が整理できてるのが2007年以降なので、そこから行きまーす。

 

その1「2007年 ようそろ アフリカ〜中東ツアー」

国際交流基金派遣事業、ようそろ初の海外公演ツアー。ツアーメンバーは相方・岡田と、かりん(25絃箏)、原口朋丈(笛・津軽三味線)。

 

.吋縫

 

ケニア・ナイロビの国立劇場にて。すぐ停電するし、舞台のど真ん中に穴が空いてたな(笑)。

トタン屋根なので、スコールが降ると太鼓よりうるさかった。

夜、やはりすぐ停電するエチオピア料理店での食事は、闇鍋レベルにスリリングだった〜。

着いて早々ホテルのエレベーターが止まる。深夜ベランダでなぜか行われていた水道工事(翌朝判明)のおかげでガクブルしながら物音とボソボソ会話に怯えながらのアフリカ初夜。モニタースピーカがなく、かりんは大使館のポータブル拡声器を専用モニターにしていた。コンサートは超盛り上がった。現地職員さんはめちゃ個性的、[世界で活躍する日本人女性100]にも選ばれたニャティティ奏者・アニャンゴさんは公演当日「軽いマラリアで…」と言いながら熱演してた。キョーレツなアフリカ初体験だった。

 

▲皀競鵐咫璽

 

長く続いた内戦の傷跡があちこちに残っており、街中には手足を失った人が荷物を運ぶ台車に乗って路上で物乞いをしていた。決して豊かではないが、市中に「生きるエネルギー」が満ち溢れていて圧倒された。スペイン領だったらしく食事はとても美味しかった。国民の人柄はケニアより穏やかで朴訥なイメージだった。公演中のMC、現地の言葉「カニマンボ(意味忘れた)」の一言で一気に聴衆との距離が縮まったっけ。公演前に客席全体に殺虫剤をスプレー散布してる様子には、恐怖を覚えた(笑)。

 

UAE

 

所変わって中東の超大金持ち国・UAEへ。空港、ホテル、ゴールドスーク(黄金市場)…全てが金ピカで目がくらんだ。写真中央の櫓台の上に乗るはずだった太鼓が空港でロストし、後日傷だらけになって発見された(かりんの箏も破損)。公演は学生相手だったか、聴衆の態度が悪くキレたっけな(苦笑)。アブダビの大使館職員さんご夫婦がとても親しく接してくれ、自宅パーティも開いてくれた。ぷっちょ大好きのサイキさん、お元気だろうか…。

 

 

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今更ながら…2019夏 その2とその4

気がつけば田んぼの畦道に彼岸花が咲き、豊かに実った稲穂の黄色と鮮やかな赤、そして湿度が減ってカラリと晴れた青空のコントラストが美しい季節となった。大汗かきながらあちこち旅してバタバタと過ぎ去った夏も終わり、秋が来たなと実感する。

 

さて夏は過ぎ去り…という話だが、出来事が多すぎてレポートが追っつかず、「その2」と「その4」をすっ飛ばしてしまっていたので、ひと月以上前のことですが駆け足で振り返ってみようかと…。

 

 

「その2」

 この夏は師匠の現場も続いた。

 師匠が塾長、風雲の田代・辻が講師を務めた、東京世田谷区の子ども達を対象にした「せたがや太鼓塾」の発表会に参加。自分が参加した最終稽古→舞台リハーサル→本番の3回の中で、みるみるうちに子ども達の演奏・顔つきが変わっていくのがわかり面白かった。ここまでもってくるまで、限られた時間の中で子ども達を叱咤激励しながら人前で見せられるだけの「かたち」を整える苦労を思い、3人への心からの「ご苦労様でした」の気持ちが湧いてきた(笑)。

 次の週末は、長年に渡り親交の深い福井の「OTAIKO座明神」がホストとなり開催される日本有数の太鼓フェスティバル「OTAIKO響2019」にゲスト出演。30周年という節目を迎えたこのイベント、明神のみなさんの熱い思い、特にリーダー・上坂さんの「生き様」を感じる、熱意と気迫あふれるコンサートとなったと思う。明神の皆さんお疲れ様でした!そしてこれからも頑張って継続ください!しかし13人での「七星」は、やはり圧巻であった。。。

 福井から戻ってすぐ、次なる現場はサントリーホールにてテレビ朝日「題名のない音楽会」収録。

番組55周年(!)のスペシャル企画として、日本固有の楽器のトップ奏者と、世界で活躍する音楽家達が集結しての超豪華キャストによるコンサートとなった。一員として参加させていただけて光栄でした。放送は10月5日を初回に数回に渡る予定。お見逃しなく!

OTAIKO響2019 リハ風景

サントリーホール楽屋にて 箏曲界のレジェンド沢井先生と

 

 

「その4」

 師匠現場3連チャンを終え、休む間もなく「小泉謙一との東北二人旅」がスタート。花巻ワークショップ〜青森ライブ〜気仙沼ライブ&ワークショップと4日連続で敢行(レポート「その3」参照)。中日のOFFは盛岡にてジンギスカン〜冷麺〜じゃじゃ麺と食べ歩き。

じゃじゃ麺@盛岡

 

 再び花巻に戻り「銀河の里」にてライブ。「銀河の里」は訪れる度に、お年寄り・障害者・スタッフが皆で力を合わせて、何か新しいことに挑戦している。その姿を見、話を聞いていると「俺も頑張らなきゃなぁー!」と思う。ツアーのベースキャンプ役を喜んで買ってでて下さることに、心から感謝。シードルづくり、順調に進みますように(本当に美味しかった!)。

 一度東京に戻り、吉祥寺SPCにて「三宝会」「き・せ・き」と対バンで「わっしょい〜夏の陣」ライブ。3チームそれぞれまったく異なるカラーを打ち出し、まさに1度で3度おいしいライブとなったのでは?演じても皆かなり楽しんでました。

 再び東北へ。旅の締めくくりは福島いわきと相馬。いわきでは以前チャリティコンサートのゲスト出演でお世話になった「一打の会」さんが全面協力してくださり、コンパクトな会場ではあったが満席のお客様の前で熱演。ライブ後スーパー銭湯に直行でお風呂〜打ち上げのサイコーなアフターケア。この流れ、クセになりそう(笑)。翌日、真言宗豊山派の「千響」さんに混じって相馬にて「流灯会」に参加。演奏後、穏やかな海を流れてゆく灯篭と夜空に打ち上がる花火を見つつ、震災で亡くなった人を思い過ぎ行く夏を惜しみながら「二人旅」、完遂。8月31日。

 

打ち上げ後、銀河の里の太鼓隊「朔」のメンバー達と@銀河の里

 

 

というわけで年内の「大仕事」はひとまずこれで終了、自主企画のライブも年内はありません(俺、大丈夫か⁈ 笑)。

急遽2020年明け早々に開催を決めた教室の発表会や来年以降の中長期的な活動のプランを練ったり、解体が完了した旧稽古場の資材を使ってのDIY倉庫建造などを進めつつ、いただいている演奏仕事や教室指導に勤しもうと思っております。

ではでは、みなさまも充実した「収穫の秋」を!

 

 

いただいた 籠いっぱいの茄子ピーマン 調理に励む食欲の秋

 

大金星あげた日本のラガーマン 讃えてビールがすすむすすむ!

 

 


2019夏 その2とばしてその3(w.小泉謙一)

花巻におります。小泉謙一との「二人旅」中。

この旅に出る前に夏レポート「その2」を書き綴るつもりが、慌ただしすぎてできず。

後日投稿します。。。

 

というわけで今回は「その3」、二人旅の前半レポートをば。

 

22日 花巻 ワークショップ1

21日に沼津で教室レッスン三本を終えてから深夜に稽古場で楽器を積み替え、ズミ氏と待ち合わせ、出発。

未明から東北道を爆走、昼過ぎに岩手県・花巻に到着。

(さすが花巻、コンビニの駐車場に宮沢賢治作品の登場人物が)

 

東北ツアーをするときはいつも、ここ花巻の社会福祉施設『銀河の里』をベースキャンプとさせていただいている。

昼ごはんにカレーをご馳走になり、早速ワークショップ。

月いちで指導されている「ミヤさん」の進行に合わせ、知的障がいのあるワーカーさんたちが太鼓を打ち始める。延々と繰り返されるコール&レスポンスが徐々に熱を帯び始め、みんなの気の高まりが目に見えるよう。車から大太鼓を引っ張り出し、交代交代にその音色を味わってもらった。

我々が何かを伝えるというより、むしろ学ぶことの方が多かった。「太鼓を打つ」という行為の原型を見せてもらった気がする。

 

23日 青森 ライブ1

花巻から道のり、途中で高速を降りて十和田湖畔をまわり津軽山地のマイナスイオンをいっぱいに浴びながら、青森へ。

(十和田湖をバックに)

 

運転から搬入から簡単な照明の仕込み、本番の転換まであらゆることを二人でこなさなければならない。なかなかハードな旅である。本ツアーのライブ初日ということで開演直前までバタバタして、本番も必死。あまり記憶がない(笑)。

前年ズミ氏のワークショップを受講した方が主催してくださり実現した、二人にとって初の青森ライブ。30名を超えるお客様がお越しくださり、終演後には口々に「凄いものを見た」「是非またやって」と声をかけていただいた。ありがとうございました!

 

24日 気仙沼 ライブ2

青森から脇目も振らず南下、宮城県気仙沼へ。

この地では、「太鼓学舎・ね」のSさんがライブ・ワークショップの主催を一手に引き受けてくださり、隅々まで行き届いたケアをしてくださった。いつもお世話になりっぱなしで、本当に感謝。

これまでは港町の「K-port(渡辺謙さんオーナーのカフェ)」でやっていたが、今回は少し規模の大きなゲストハウス「気仙沼アーバン」さんをお借りした。会場のスタッフさんが親身に対応してくださり「ね」のみなさんのサポートにも助けられ、気持ち良く演奏できた。演奏内容も緩急のつけどころが練れてきていい感じに。ズミ氏、初上陸の地でソロ演奏に熱が入ってました!

我々のデュオパフォーマンスに100名近くのお客様、一様に驚き、喜んでくださったようで、良かった。

 

25日 気仙沼 ワークショップ2

「気仙沼のまつりがアツい」というのは以前から聞いていたが、ライブの打ち上げの席で今年のまつりの様子を聞いて驚いた。

港に沿った大通りに市内の27もの打ち囃子団体が集結し、大合奏をするというのだ。その数800名、300mにもなるそうな。伝統の「虎舞」のお囃子曲の保存会もあれば、創作太鼓のチームもあり、それらが毎年一堂に会するというのは、全国でも珍しいケースなのではないだろうか。

それほど太鼓熱の高い土地でのワークショップとなると、こちらも心して掛からねば、という気になる。

今回は自作の『興郷楽』のフルバージョンを覚えてもらい、並行して大太鼓と担ぎ桶の打ち方指導を盛り込んだ4時間の内容。けっこう詰め込みで大変だったと思うが、皆さんしっかり食らいついてきてくれた。なにより「吸収していこう!」という思いがひしひしと伝わってきて、ならばとこちらもより熱が入るのだ。参加してくれた皆さんの太鼓事情などいろいろ聞かせてもらう時間が今回はとれなかったので、また次回にという思いを強くしている。

15名超の方がワークショップに参加してくれたのだが、集合写真撮るの忘れた!

 

(気仙沼で何から何までお世話になった「太鼓学舎・ね」の皆さんと。ほんとうにありがとう!)

 

そして昨日はやっと移動のみのオフ日。のんびりと盛岡まで走り、美味いものを食って羽を伸ばして、花巻『銀河の里』へと戻ってきた次第。本日は19時からライブ。間もなく搬入開始。

旅の後半も、安全で実り多きものとなりますように。

 

 


亜紀と秋の「ちゃっきり」プチツアー

今月はなかなかに忙しい〜。

 

先週末は「女子シングル自由形ピヤノ弾き語り」の鈴木亜紀さんと、プチツアー。

甲府の大好きなライブハウス「桜座」でのライブと、磐田市のお寺「新豊院」さんでの秋彼岸会ミニライブの2本立て。

ここのところ雨続きで楽器の搬入出は大変だし、気分もなんとなく盛り上がらない日々が続いたが、この2日間嘘のように好天に恵まれ、とても気分の良い小旅行となった。

 

21日に亜紀さんと合流して三島の稽古場にてリハ、翌22日に甲府に向け出発。

山を越え山中湖〜河口湖を抜けて甲府に向かう道中、亜紀さんはマイナスイオン吸収しまくって上機嫌、俺は富士吉田の「よしだうどん」食べたくてウキウキ。たっぷり英気を養って甲府入り。

 

今回の桜座ライブは、「ライブ前にぶどう狩り」と「ライブ後にワインで乾杯」の2つのオプションを用意した。甲府のお客様だけでは集客がしんどく、なんとか遠方からもお客様に足を運んでもらおうということでの苦肉の策だったのだが…

 

これが大好評!

 

ぶどう狩りは市内「善光寺」駅から徒歩3分ほどの「早川園」をチョイス。園のスタッフのおっちゃんが我々11名を引率して園内で栽培している数十種類のぶどうから今食べ頃のぶどう10種類ほどを選んで、簡単な説明付きで参加者に採らせてくれる。摘んだぶどうは後ほどぶどう棚の下でテーブルを囲んで、食べ比べ大会。ブラジルのぶどう、レバノンのぶどう、今大人気のシャインマスカット、紅茶の香りのするぶどう、アキ[安芸]クイーン(スズキアキ舞い上がる!)…皆でワイワイと、たらふくぶどうを食べて800円ちょっと。「○○狩り」は美女も含めイチゴしか経験がなかったが、いやー楽しかった!

 

ぶどう狩りで顔も見知ったお客様たちの前で、ぶどうにちなんだ楽曲も含め10曲を熱演。あっという間の2時間だった。遠くは北海道、石川県からも駆けつけてくれ、音につられて飛び込みで参加してくれたお客様もいてくれて、ライブ後の打ち上げも和気藹々と盛り上がった。

たまにはこういう企画もいいね、またやって!という声も多数いただいたので、来年…かどうかはわかりませんがそのうちまた企画します。

 

 

翌朝甲府を発ち、一路磐田へ。

曹洞宗のお寺「新豊院」さんは、はじめ二胡の鈴木裕子さんにお誘いいただき、次に太鼓 小泉謙一とお邪魔し、今回で3度目。

今年は御本尊の「能満所願虚空蔵大菩薩」の修復記念で、「胎内仏像」の400年ぶりのご開帳という大変有難い場に立ち会わせていただいた。

400年ぶりに外の空気を吸った仏様が、女であるために祭りに参加できなくてグレかけた歌や「トビウオ」や歌えや踊れやの「ちゃっきり節」をお聴きになってどうだったかは置いといて(笑)、会場の皆さんはとても楽しんでくれたようだ。もと相方・岡田にも久々に再会でき、超豪華弁当やお土産までいただいて、身も心も幸せいっぱいで、ツアー解散。

 

やっぱり旅は良いですな。

呼んでくださった方、参加してくださった方、協力してくださった方皆様に、心から感謝。

 

 

さて、今日はこれから小泉謙一と合流、明日は地元の小学校でズミ氏と学校公演。

太鼓の面白さ、奥深さを伝えてくるぜ!

 

 


英哲カナダツアーレポート その3

無事日本に帰国しました!

8月も終わりということで、暑さはだいぶ和らいできてるようだが、カナダから比べるとやはり蒸し暑い!ざるそば食べたい!

 

 

さて最終レポートとして、トロントでの公演とワークショップのことをば。

 

コンサート会場は日系文化会館(JCCC)。

会館内の道場では柔道剣道合気道に加え居合の稽古まで開かれていた。売店では道着や書籍・CDに加え見慣れた日本のドリンクが。

これまで開催された数々のコンサートや舞台、映画のポスターがずらり。伝統ものからアニメなど最新のトレンドまで、多岐にわたる「日本文化」を熱心に紹介されているようだ。

多目的に使えるホールに大きな仮設の舞台を組み、日本から同行している舞台・照明スタッフの手で我々のいつものステージが組み上がっていく。

 

ジャパンスタイルのお弁当に、インスタントの味噌汁。嬉しい。

 

JCCC内には、19世紀終わり頃からの一世移民から始まるカナダにおいての日系社会の歴史が時系列に沿って、それぞれの世代の人へのインタビューとともに展示されていた。製材所などでのきつい肉体労働に始まり漁業や新しい事業を起こして行った人々。戦時下に家族バラバラにされ、極寒の内陸の強制収容キャンプでの生活。そんな苦しい時代の話に口を閉ざす両親のもとでカナダ人として育てられ、自身のアイデンティティをなかなか見いだせず苦しんだ世代…。とても当たり前のことだが、その時どきの時勢や状況のなかで人それぞれの思いとともに積み重ねられた営みの連鎖が「歴史」なのだなとリアルに感じた。多分自分と歳の近い方の「混ざり合った遺伝子を持っているということは、不思議で素晴らしいことなのです」という言葉は、とても印象深く心に残った。

 

師匠は鬼太鼓座時代にここを訪れており(当時の建物も少し離れたところに現存)、42年ぶりに再び弟子を連れて演奏することにことさら感慨深いものがあったようだ。公演中のMCも、生声で英語の原稿を読み自身の思いを伝えておられた。

公式には日加修好90年の今年、その歴史と人々の想いの詰まった場所で、国と国・文化と文化を人がつないでいくことを象徴した作品「澪の蓮」や、友好の印としてバンクーバーに植えられた桜の木から生まれたバチで奏でた「太鼓打つ子ら」は、多くの人の心に響いたようだった。

 

 

最後のワークショップ。

本ツアーのワークショップでは、師匠が確立した「大太鼓の正対構え」の基礎の稽古と曲「千の海響」の習得に加え、約50年前から現在に至るまでの日本・海外における「和太鼓」の歴史と変遷を知ってもらう講義を盛り込んだ。非常に中身の濃い、3時間越えのワークショップだった。自身の経験と複雑な感情を含んだ師匠の言葉を的確に、余すところなく英語に変換して伝えるジョー・スモール。プレイヤーとして通訳者として、彼はこのツアーのMVP間違いなし!本当にお疲れ様。

 

 

というわけで、カナダツアーは無事終了。師匠と田代・辻・ジョーは引き続きアメリカに渡り9月12日までのワークショップツアーへ。俺は一足先に戻り、来週からの静岡でのとある大仕事の準備をしつつ、英哲チームのツアーの安全と成功を祈っております。

 

本ツアーを企画運営してくださったカナダ大使館・国際交流基金をはじめ、各都市の領事館、現地スタッフさん、協力企業さん、ほか多くの皆様のお力添えに、心より御礼申し上げます。

ありがとうございました!


英哲カナダツアーレポート その2

英哲カナダツアーレポートその2。

といっても現在既に帰国の途に着く飛行機を待つ空港ロビー。昨夜から書き始めて、やっとなんとかまとめましたぜぃ。

 

旅の後半は体調も通常に戻り、元気いっぱい2本のコンサートに3本のワークショップ、「Japan Festival」の出演をバッチリこなすことができた。

 

さて、前回の続きからとなると、オタワですな。

着いて早々、大使館の医務室にご厄介になり、日本人の医務官の先生に診ていただいた。すでに復調の兆しが見えてきていたのだが、やはり日本語で的確に症状を伝え、それに日本語で丁寧に所見をうかがえるというのは、大きな安心につながった。薬も処方してもらい、それを飲みつつみるみるうちに回復。ありがとうございました!

 

ようやっと付近を散策したりする気力も湧いてきて、ホテルからほど近い国会議事堂へ。

夏の間、週末にはこの議事堂の背後の川から花火が打ち上げられる(花火のコンペティション?)そうで、夜になると多くの人が花火見物に来ていた。

 

郵便ポスト。カラフルでかわいい。

 

今回のツアーは、カナダの各都市で公演と、現地の太鼓愛好家の方たちを対象にしたワークショップをおこなった。

アメリカのTAIKOシーンの熱さはかねてより知っていたが、元我が教室生のKさん率いるKingsDonTaikoを除いてはカナダの太鼓チームとの交流はこれまでなく、これまたやはりたくさんのチームがカナダ国内にあることを今回知り、驚いた。太鼓が広まった経緯もアメリカとは若干異なっていて、その「芸風」にも違いがあって面白い。

オタワの音和(OTOWA)太鼓はかなり歴史が深く、80オーバーの男性がチームを長年引っ張ってこられている。御諏訪太鼓系の演奏スタイルをきちんと丁寧に守ってこられている演奏ぶりは、とても素敵だった。良くも悪くも、「声の限り、力の限り」エネルギー大爆発の絶叫パフォーマンスが日本でも海外でも全盛になりつつあるいま、彼らの演奏はむしろ新鮮で心地よかった。

ちなみに音和太鼓さんの練習場は体育施設の中にあり、稽古場の窓からアイスホッケーを楽しむ人々の姿が見えた。

 

そして最終地・トロント。

 

トロントには1週間近い滞在となり、空き時間もそこそこあったので、バスや地下鉄にも乗って市内散策を楽しんだ(ほぼほぼ観光ガイド通りのスポット巡りだけど)。

ディスティラリー地区。昔のウイスキー醸造所などの建物を再開発したお洒落なお買い物エリア。

カナダは昨年が建国150周年だったそうだが、煉瓦造りの建物が多いので、家でも商店でもビルでも、築100年越えはざらに現役で使用されている。

ジャズの殿堂とも言われているらしい「MASSEY HALL」。現在は改築中。

トロント市庁舎。師匠は42年前、出来たばかりのこの市庁舎前で演奏したそうだ。

カナダはモザイク文化と言われるが、トロント市内でも「チャイナタウン」「コリアンタウン」「リトルイタリー」などエリアごと個性がはっきりしていて、そのエリアに入ると道路標識まで変わったりする。

コリアタウン。

チャイナタウン。(写真中央辺りの「基本髪」という看板が気になる)

 

特に気に入ったのが「ケンジントンマーケット」。

古着屋、雑貨屋、各国料理のレストランなどがひしめき合い、所々でストリートミュージシャンが演奏してたりダラダラしてたり。雑多な感じがすごくいい。

金箔アイス⁉

 

 

ツアー最後の演奏仕事は、トロントの隣の市・ミシサガで行われた「Japan Festival」出演。

2日間で数万人の動員を誇る、北米でも有数の「日本イベント」だそうだ。

数日前から天気予報があまり芳しくなく、当日夕方から雨の予報。午後1時からイベントが始まり、まずはトロントの老舗チーム「永田社中」のパフォーマンス。だんだんと空が暗くなり、ポツポツと冷たいものが。

いよいよ我々のステージ。1曲目「三ツ舞」の冒頭、師匠がドラを打ち出した途端、一気に雨脚が強まり、その後はほぼ「土砂降り」。ステージ上に屋根はあるが、割と風が強めで上手側の俺と田代は完全にビショ濡れ。太鼓を打つたびに皮面から飛沫が上がる始末。

それでも屋根のないオープンスペースでお客さんたちが我々の演奏を見守っている。こちらもやめるわけにいかず2曲目「海の豊饒」まで予定通りバッチリやりきりました。締めは「千の海響」を「永田社中」と共演。悪天候の中客席もステージ上も、大いに盛り上がりましたぜ。

日本に戻すための楽器のパッキングを半分はトラックの中で行う。ドライバーのユーリさんが陽気なオッサンで、妙なテンションで梱包作業が進んだ。そして全ての楽器を完パケしトラックへの積み込みを完成させた頃には、キレイに雨も止み青空も見え始めた、とさ。メデタシメデタシ。

 

 

日系文化会館(JCCC)にて行われた最終コンサートとワークショップについてのレポートは、回を改めて次回に。



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太鼓奏者・はせ みきた

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