亜紀と秋の「ちゃっきり」プチツアー

今月はなかなかに忙しい〜。

 

先週末は「女子シングル自由形ピヤノ弾き語り」の鈴木亜紀さんと、プチツアー。

甲府の大好きなライブハウス「桜座」でのライブと、磐田市のお寺「新豊院」さんでの秋彼岸会ミニライブの2本立て。

ここのところ雨続きで楽器の搬入出は大変だし、気分もなんとなく盛り上がらない日々が続いたが、この2日間嘘のように好天に恵まれ、とても気分の良い小旅行となった。

 

21日に亜紀さんと合流して三島の稽古場にてリハ、翌22日に甲府に向け出発。

山を越え山中湖〜河口湖を抜けて甲府に向かう道中、亜紀さんはマイナスイオン吸収しまくって上機嫌、俺は富士吉田の「よしだうどん」食べたくてウキウキ。たっぷり英気を養って甲府入り。

 

今回の桜座ライブは、「ライブ前にぶどう狩り」と「ライブ後にワインで乾杯」の2つのオプションを用意した。甲府のお客様だけでは集客がしんどく、なんとか遠方からもお客様に足を運んでもらおうということでの苦肉の策だったのだが…

 

これが大好評!

 

ぶどう狩りは市内「善光寺」駅から徒歩3分ほどの「早川園」をチョイス。園のスタッフのおっちゃんが我々11名を引率して園内で栽培している数十種類のぶどうから今食べ頃のぶどう10種類ほどを選んで、簡単な説明付きで参加者に採らせてくれる。摘んだぶどうは後ほどぶどう棚の下でテーブルを囲んで、食べ比べ大会。ブラジルのぶどう、レバノンのぶどう、今大人気のシャインマスカット、紅茶の香りのするぶどう、アキ[安芸]クイーン(スズキアキ舞い上がる!)…皆でワイワイと、たらふくぶどうを食べて800円ちょっと。「○○狩り」は美女も含めイチゴしか経験がなかったが、いやー楽しかった!

 

ぶどう狩りで顔も見知ったお客様たちの前で、ぶどうにちなんだ楽曲も含め10曲を熱演。あっという間の2時間だった。遠くは北海道、石川県からも駆けつけてくれ、音につられて飛び込みで参加してくれたお客様もいてくれて、ライブ後の打ち上げも和気藹々と盛り上がった。

たまにはこういう企画もいいね、またやって!という声も多数いただいたので、来年…かどうかはわかりませんがそのうちまた企画します。

 

 

翌朝甲府を発ち、一路磐田へ。

曹洞宗のお寺「新豊院」さんは、はじめ二胡の鈴木裕子さんにお誘いいただき、次に太鼓 小泉謙一とお邪魔し、今回で3度目。

今年は御本尊の「能満所願虚空蔵大菩薩」の修復記念で、「胎内仏像」の400年ぶりのご開帳という大変有難い場に立ち会わせていただいた。

400年ぶりに外の空気を吸った仏様が、女であるために祭りに参加できなくてグレかけた歌や「トビウオ」や歌えや踊れやの「ちゃっきり節」をお聴きになってどうだったかは置いといて(笑)、会場の皆さんはとても楽しんでくれたようだ。もと相方・岡田にも久々に再会でき、超豪華弁当やお土産までいただいて、身も心も幸せいっぱいで、ツアー解散。

 

やっぱり旅は良いですな。

呼んでくださった方、参加してくださった方、協力してくださった方皆様に、心から感謝。

 

 

さて、今日はこれから小泉謙一と合流、明日は地元の小学校でズミ氏と学校公演。

太鼓の面白さ、奥深さを伝えてくるぜ!

 

 


英哲カナダツアーレポート その3

無事日本に帰国しました!

8月も終わりということで、暑さはだいぶ和らいできてるようだが、カナダから比べるとやはり蒸し暑い!ざるそば食べたい!

 

 

さて最終レポートとして、トロントでの公演とワークショップのことをば。

 

コンサート会場は日系文化会館(JCCC)。

会館内の道場では柔道剣道合気道に加え居合の稽古まで開かれていた。売店では道着や書籍・CDに加え見慣れた日本のドリンクが。

これまで開催された数々のコンサートや舞台、映画のポスターがずらり。伝統ものからアニメなど最新のトレンドまで、多岐にわたる「日本文化」を熱心に紹介されているようだ。

多目的に使えるホールに大きな仮設の舞台を組み、日本から同行している舞台・照明スタッフの手で我々のいつものステージが組み上がっていく。

 

ジャパンスタイルのお弁当に、インスタントの味噌汁。嬉しい。

 

JCCC内には、19世紀終わり頃からの一世移民から始まるカナダにおいての日系社会の歴史が時系列に沿って、それぞれの世代の人へのインタビューとともに展示されていた。製材所などでのきつい肉体労働に始まり漁業や新しい事業を起こして行った人々。戦時下に家族バラバラにされ、極寒の内陸の強制収容キャンプでの生活。そんな苦しい時代の話に口を閉ざす両親のもとでカナダ人として育てられ、自身のアイデンティティをなかなか見いだせず苦しんだ世代…。とても当たり前のことだが、その時どきの時勢や状況のなかで人それぞれの思いとともに積み重ねられた営みの連鎖が「歴史」なのだなとリアルに感じた。多分自分と歳の近い方の「混ざり合った遺伝子を持っているということは、不思議で素晴らしいことなのです」という言葉は、とても印象深く心に残った。

 

師匠は鬼太鼓座時代にここを訪れており(当時の建物も少し離れたところに現存)、42年ぶりに再び弟子を連れて演奏することにことさら感慨深いものがあったようだ。公演中のMCも、生声で英語の原稿を読み自身の思いを伝えておられた。

公式には日加修好90年の今年、その歴史と人々の想いの詰まった場所で、国と国・文化と文化を人がつないでいくことを象徴した作品「澪の蓮」や、友好の印としてバンクーバーに植えられた桜の木から生まれたバチで奏でた「太鼓打つ子ら」は、多くの人の心に響いたようだった。

 

 

最後のワークショップ。

本ツアーのワークショップでは、師匠が確立した「大太鼓の正対構え」の基礎の稽古と曲「千の海響」の習得に加え、約50年前から現在に至るまでの日本・海外における「和太鼓」の歴史と変遷を知ってもらう講義を盛り込んだ。非常に中身の濃い、3時間越えのワークショップだった。自身の経験と複雑な感情を含んだ師匠の言葉を的確に、余すところなく英語に変換して伝えるジョー・スモール。プレイヤーとして通訳者として、彼はこのツアーのMVP間違いなし!本当にお疲れ様。

 

 

というわけで、カナダツアーは無事終了。師匠と田代・辻・ジョーは引き続きアメリカに渡り9月12日までのワークショップツアーへ。俺は一足先に戻り、来週からの静岡でのとある大仕事の準備をしつつ、英哲チームのツアーの安全と成功を祈っております。

 

本ツアーを企画運営してくださったカナダ大使館・国際交流基金をはじめ、各都市の領事館、現地スタッフさん、協力企業さん、ほか多くの皆様のお力添えに、心より御礼申し上げます。

ありがとうございました!


英哲カナダツアーレポート その2

英哲カナダツアーレポートその2。

といっても現在既に帰国の途に着く飛行機を待つ空港ロビー。昨夜から書き始めて、やっとなんとかまとめましたぜぃ。

 

旅の後半は体調も通常に戻り、元気いっぱい2本のコンサートに3本のワークショップ、「Japan Festival」の出演をバッチリこなすことができた。

 

さて、前回の続きからとなると、オタワですな。

着いて早々、大使館の医務室にご厄介になり、日本人の医務官の先生に診ていただいた。すでに復調の兆しが見えてきていたのだが、やはり日本語で的確に症状を伝え、それに日本語で丁寧に所見をうかがえるというのは、大きな安心につながった。薬も処方してもらい、それを飲みつつみるみるうちに回復。ありがとうございました!

 

ようやっと付近を散策したりする気力も湧いてきて、ホテルからほど近い国会議事堂へ。

夏の間、週末にはこの議事堂の背後の川から花火が打ち上げられる(花火のコンペティション?)そうで、夜になると多くの人が花火見物に来ていた。

 

郵便ポスト。カラフルでかわいい。

 

今回のツアーは、カナダの各都市で公演と、現地の太鼓愛好家の方たちを対象にしたワークショップをおこなった。

アメリカのTAIKOシーンの熱さはかねてより知っていたが、元我が教室生のKさん率いるKingsDonTaikoを除いてはカナダの太鼓チームとの交流はこれまでなく、これまたやはりたくさんのチームがカナダ国内にあることを今回知り、驚いた。太鼓が広まった経緯もアメリカとは若干異なっていて、その「芸風」にも違いがあって面白い。

オタワの音和(OTOWA)太鼓はかなり歴史が深く、80オーバーの男性がチームを長年引っ張ってこられている。御諏訪太鼓系の演奏スタイルをきちんと丁寧に守ってこられている演奏ぶりは、とても素敵だった。良くも悪くも、「声の限り、力の限り」エネルギー大爆発の絶叫パフォーマンスが日本でも海外でも全盛になりつつあるいま、彼らの演奏はむしろ新鮮で心地よかった。

ちなみに音和太鼓さんの練習場は体育施設の中にあり、稽古場の窓からアイスホッケーを楽しむ人々の姿が見えた。

 

そして最終地・トロント。

 

トロントには1週間近い滞在となり、空き時間もそこそこあったので、バスや地下鉄にも乗って市内散策を楽しんだ(ほぼほぼ観光ガイド通りのスポット巡りだけど)。

ディスティラリー地区。昔のウイスキー醸造所などの建物を再開発したお洒落なお買い物エリア。

カナダは昨年が建国150周年だったそうだが、煉瓦造りの建物が多いので、家でも商店でもビルでも、築100年越えはざらに現役で使用されている。

ジャズの殿堂とも言われているらしい「MASSEY HALL」。現在は改築中。

トロント市庁舎。師匠は42年前、出来たばかりのこの市庁舎前で演奏したそうだ。

カナダはモザイク文化と言われるが、トロント市内でも「チャイナタウン」「コリアンタウン」「リトルイタリー」などエリアごと個性がはっきりしていて、そのエリアに入ると道路標識まで変わったりする。

コリアタウン。

チャイナタウン。(写真中央辺りの「基本髪」という看板が気になる)

 

特に気に入ったのが「ケンジントンマーケット」。

古着屋、雑貨屋、各国料理のレストランなどがひしめき合い、所々でストリートミュージシャンが演奏してたりダラダラしてたり。雑多な感じがすごくいい。

金箔アイス⁉

 

 

ツアー最後の演奏仕事は、トロントの隣の市・ミシサガで行われた「Japan Festival」出演。

2日間で数万人の動員を誇る、北米でも有数の「日本イベント」だそうだ。

数日前から天気予報があまり芳しくなく、当日夕方から雨の予報。午後1時からイベントが始まり、まずはトロントの老舗チーム「永田社中」のパフォーマンス。だんだんと空が暗くなり、ポツポツと冷たいものが。

いよいよ我々のステージ。1曲目「三ツ舞」の冒頭、師匠がドラを打ち出した途端、一気に雨脚が強まり、その後はほぼ「土砂降り」。ステージ上に屋根はあるが、割と風が強めで上手側の俺と田代は完全にビショ濡れ。太鼓を打つたびに皮面から飛沫が上がる始末。

それでも屋根のないオープンスペースでお客さんたちが我々の演奏を見守っている。こちらもやめるわけにいかず2曲目「海の豊饒」まで予定通りバッチリやりきりました。締めは「千の海響」を「永田社中」と共演。悪天候の中客席もステージ上も、大いに盛り上がりましたぜ。

日本に戻すための楽器のパッキングを半分はトラックの中で行う。ドライバーのユーリさんが陽気なオッサンで、妙なテンションで梱包作業が進んだ。そして全ての楽器を完パケしトラックへの積み込みを完成させた頃には、キレイに雨も止み青空も見え始めた、とさ。メデタシメデタシ。

 

 

日系文化会館(JCCC)にて行われた最終コンサートとワークショップについてのレポートは、回を改めて次回に。


英哲カナダツアー1

なんとひと月以上もブランクが空きましたが…

8日より、英哲ツアーでカナダに来ております。

 

海外に来ると大概ちょっとした空き時間が多く、ネタにも困らないので、普段よりブログ更新頻度が上がるのだが、今回は無理でした。。。

酷暑の日本からの渡加で、こちらの気候に身体を慣らすのが難しかったのか(というか行きの飛行機内がいつもに増して寒かったのが最大要因か?)、着いて2日目あたりから普段皆無に等しい頭痛(かなり強めの)に襲われ、徐々に微熱も出始め、公演とワークショップをこなすのに精一杯だった。周りの皆さんに迷惑かけ、助けていただきながら、なんとかカルガリー〜バンクーバーの公演はやりきり、現在オタワ。ようやく体調が戻ってきて、明日の公演は通常モードで臨めそうだ。

バンクーバーではワークショップを一つと公式の食事会をお休みさせてもらった。申し訳ありませんでした…。

 

というわけで、ここまでは観光も、街をぶらつくこともゼロ。

ネタも写真も乏しい中での、プチレポート。

 

 

カルガリーではちょうど「Nihon-Matsuri」が開催されていて、我々のショートパフォーマンスに加えワークショップ参加者の一部の面々と共演した。

会場となっているアイスホッケー競技場の中には手作りの神輿やたくさんの提灯が飾られ、着物に足袋ソックス、駄菓子、日本刀、漫画などいろんな「Nihon」グッズが所狭しと展示され売られていた。我が静岡の誇る「お茶」のブースも、多くの人で賑わっていた。

 

公演にも祭りにも足を運んでおられた総領事が、お招きくださった食事会の席で、食事に臨まれる前にこのブログをご覧になられていたとのお話を聞き、師匠の情報のみならず我々メンバーのことも気にかけていてくださったことに感激。でも(こんなテキトーな雑文を…)と、嬉しいやら恥ずかしいやら。この総領事、以前の赴任地で2度も師匠と接点があった上に、3年前の風雲アフリカツアーで訪れたマラウイでもニアミスだったことがわかり、話に花が咲いた。とても気さくで、素敵な方だった。

 

 

師匠の公演は日本でもそうだが、特に海外ではカーテンコールで客席からの「熱気」を感じる。今回も御多分に洩れず、熱い拍手と声援を浴びることができた。圧倒的な芸術的クオリティの高さと、それを演じきるための真に「身を削る演奏」のなせる業だと思うが、それを支えるスタッフも、ともに舞台上で演じる我々風雲メンバーも、ガリガリと身を削っておるわけで…

今回体調が厳しかった自分は、終演後「あしたのジョー」よろしくハイ、じゃない灰となっておりました。。。

会場のロビーで帰りの車を待つ俺の向こうで、展示されてる中国製のデザインピアノを爪弾く師匠。

 

 

バンクーバー。

 

UBC大学内にあるコンサートの会場は変わった造りの劇場で、いつもは横に幅広くスペースを使うところを、縦長に客席深くまで演奏エリアとして使おうということになり、楽器配置や動きに大きな変更を加え演奏。

師匠の演出変更が大いに功を奏し、コンサートは舞台と客席が一体となったような熱気が生まれ大いに盛り上がった。(アドレナリン全開で終わった瞬間的爽快感と、その日の夜の体調の落差はすごかった 苦笑)

 

公演前日のワークショップはお休みさせてもらい、大学内の救急医療センター?で診察を受けた。

受付終えて診察ベッドに通されるまで1時間、そこから検査着に着替え、おしっこ検査やレントゲン検査をし結果が出るまで2時間以上、検査着のまま待機。現地の常識なのか室温は22℃設定。具合絶不調、凍え死ぬかと思ったその時医師から下された診断は「ひたすら水を飲みなさい」。

診察に疑いは持たないが、あれだけ待たされ1000ドル払って一切の薬の処方もなくひたすら水飲めとは、んな殺生な〜。。。(診察台は保険で帰ってくるけど…ネ)

てな貴重な経験を経て、飲み続けてた市販の薬が効き始めたのか、やっと体調が上向きになり始めた…

 

 

…というわけで、オタワのレポートは次回に。

 

 


早稲オケワールドツアーレポート1

2/18から、早稲田大学交響楽団とともにツアー中である。

3年に一度ワールドツアーを行なっているという早稲オケ、今回は前回2015年に引き続き英哲師匠と風雲の会をゲストに招いてくれた(俺は今回初参加)。

ドイツ〜オーストリア12都市をツアー、我々はそのうち10公演で石井眞木作曲「モノプリズム」で彼らと共演する。

 

現状4公演が終了。写真とともに駆け足で旅のレポートをば。

今回ツアー上のルールから会場内の写真や学生さんとの写真など掲載に制約があるのであしからず。

↓↓↓↓↓

 

ドイツ到着。

200名に迫る一行が集団で動く様子は、なかなかの壮観である。

最初の都市・オーバーハウゼンは過去製鉄で栄えたが今は文化都市に姿を変えているそうで、そのせいか街中に幾つかメタリックなオブジェを見かけた。

この旅を通して楽器を運ぶトランポ車。早稲オケステッカー貼ってある!

 

ツアー初日公演はスタンディングの拍手を浴び無事終了。旧西ドイツの首都・ボンでの2公演目には我々は出演せず、ベートーベンの生家を見学(ベルギーの小便小僧並みに危うく通り過ぎてしまうほどひっそりとした佇まい 笑。内部はなかなか面白かった)したのちフランクフルトへ。

 

ヨーロッパの空の玄関口とも言えるフランクフルトだが、市街を訪れたのは今回初めて。

 

この旅、朝食はホテルで、昼食&夕食は基本的に個々でということになっており、少人数で食べに行ったりスーパーで食材買ってホテルで済ませたりしている。

チーム英哲でドイツ料理を堪能。

広場の屋台でスープを啜る。

シュニッツェルというよりはかなりしっかりしたカツサンドだった。美味しいのだけれど、口の中傷だらけになるかと思うくらいパンが硬い。。。

 

3公演目はこちらの旧オペラ劇場で。内部は非常に近代的でかっこいい作り(これまで訪れた中でNo.1かも)。音響も素晴らしかった!

 

4都市目、オーストリア・ザルツブルグへは、列車で陸路移動。

 

はじめは土色だった景色が、いつの間にか銀世界に。

まずは伝説の指揮者・カラヤンのお墓参りへ。

このツアーが始まったエピソードを墓前で、団の永久名誉顧問田中先生が語ってくれた。途中お昼の鐘やらサイレンやらがこれでもかと鳴り響いてお話が聴き取れず。。。(苦笑)

 

街の中心に川が流れ、

丘の上にはお城が。

そしてトンネルを抜け旧市街地に入ると、絵本の世界のような街並み。

 

公演の方は…

モノプリズム3回目にして、終演後マエストロ・山下一史さんが「カンペキ!」と上気して太鼓奏者一人一人に握手を求めて下さった。実感としても、キュッとタイトにまとまった手応えがあり、観衆の反応もすこぶる良かった。ツアーの醍醐味は、作品の精度を上げつつ会場や客席の空気に合わせて演奏に変化を加えていく楽しみがあること。まだまだ続く今後の公演が、楽しみだ。

山下さんが我々を食事に誘ってくれ、貴重な興味深い話を色々伺うことができた。濃密な一夜だった。

 

というわけで、5都市目、ウィーンに向け、バス移動の車内にて、駆け足レポートでございました。

 

隣で田代氏、マレット手作り中。

 

 


ナントで「我に羽賜べ」

先週6日に、フランス・ナントより帰国。

 

3度目の「ラ・フォル・ジュルネ」。

いわゆる民族楽器の奏者が、「クラシック音楽」の祭典に、しかも3年連続で呼ばれるというのは、よほど異例なことなのではないか。それだけ[Eitestu Hayashi]の芸術性を、プロデューサーのルネ氏もそして聴衆も、非常に高く評価してくれているということだろう。自分の師匠の演奏と作品をそのように認めてもらえているのは素直に嬉しいし、その一端を担っていられることはとても誇らしくもあると同時に、「今年はどうなの」という期待に応えなければというプレッシャーも感じる。

今年のテーマは「New World」。漂泊、亡命、新天地などのキーワードから、美術家シリーズ第5作目の「レオナール、我に羽賜べ(2004年初演)」で臨んだ。

 

オリジナルバージョンはパーカッションとマリンバで「クリス&祥子」さんたちがゲストプレイで参加してくれていたものを、今回は英哲&風雲だけで挑戦してみようということになった。細かい部分で修正を加えより劇的な演出を盛り込んだりというチャレンジもあったが、加えて田代・辻の活躍は目覚ましく、本当によくがんばった!

辻は持ち前の「動ける体」を生かし、おどけて振る舞いながらも時代に翻弄され苦悩する藤田嗣治をソロで演じた。師匠のイメージを汲み取り、自分のものにするのは本当に大変だったと思う。田代は2つのシーンでマリンバを担当。各楽器の一流のプロフェッショナルの演奏が見られる場でマリンバを演奏するというプレッシャーは、相当なものだっただろう。「マリンバの演奏を聴かせるんじゃない、空気を作って欲しい」という師匠の難しい要求に、最後の最後まで演奏内容を変えながら取り組んでいた。3日間で4回の公演。回を重ねるごとに二人のパフォーマンスがどんどん良くなっていき、同時に作品全体のクオリティも高まっていったと思う。それぞれ田代・辻だからこそできたことであり、それを見事につとめきった二人は本当に立派だった。

 

ナント版「我に羽賜べ」について、非常に嬉しいレビューが、ラ・フォル・ジュルネTokyo公式Facebookページに載っている。ぜひご一読いただきたい。

https://www.facebook.com/mikita.hase/posts/1404284396348053

(これで皆さんご覧いただけるのかな…)

 

英哲作品の芸術性の高さと深さ。演るたびに痛感する。この貴重な経験を、自分の舞台にどう活かしていけるのか…。

6月に、コンサートします。

情報公開は、また後日。

 

 


充実しすぎの松ノ内でした

遅ればせながら、

あけましておめでとうございます。

本年も、ズボラ前回のブログ「タイコ担いでどこへ行く」に、辛抱強くお付き合いいただけますように。

演奏は、充実させますので。。。

 

 

充実度ハンパない、松の内の7日間でありました。

元旦は恒例のサントムーン「新春ライブ」。

もう8・9回目くらいになるだろうか。回を重ねるごとに「演奏を見るために来ました」と声をかけてくれるお客様が増え、嬉しい限り。朝8時に現場入り、大急ぎで仕込んで10時開店と同時に演奏開始、午前中に2ステージという、いわゆる「営業お仕事」としては超ハードな現場だが、この一言をもらえただけで報われる。例年、太鼓のデュオ演奏をやってきたが、今年は尺八・小濱氏とのデュオで。久々の小濱氏との共演は刺激的で、熱く楽しい時間だった。

盟友(と勝手に思ってます)小濱氏とのワークが、今年は増えそうな予感。

 

翌2日に大阪移動、3日「林英哲新春コンサート」。

多くの方ご存知の通り、師匠の手指剥離骨折のためバチが握れず、急遽風雲の会と、スペシャルゲスト山下洋輔さんとでステージを務めることとなった。山下さんと風雲4名とのバトル的演出でやることになった「ボレロ」は、アクシデントから生まれたまたとない好機ととらえ一同大奮闘。我々のシャカリキな熱演は、山下さんの大海のごとく大きなピアノに受け入れられ、というか飲み込まれていった(苦笑)。貴重な機会を、ありがとうございました!

 

4日は唯一の休み(といっても一人稽古と楽器積み替えで終わった)。

5日に上京、たたらさん新澤さんとのリハを経て、6日「和っしょい」本番。

 

毎年この時期に開かれている日本の楽器・唄そして話芸で構成されるコンサート「和っしょい」

。今年は我ら[BOK・SUI]と、津軽三味線木乃下真市さん松橋礼香さん、そして神田京子さんの講談というラインナップ。

木乃下さんの津軽三味線夫婦デュオは、まさに一糸乱れぬユニゾンと、ため息が出るほどの繊細さ、超絶な技術と美しいハーモニーに、打ちのめされた。ただただ「凄い」の一言。舞台袖から、お二人の隙のない、磨き上げられた芸に釘付けだった。

一方我ら[BOK・SUI]は、デュオ演奏に加えゲストに新澤さんを迎え、40分の持ち時間の中に「タタールの砂」「きざし」とヘヴィな2曲を盛り込んだディープな内容で勝負。だいぶ力の入った硬い演奏になってしまったが、BOK・SUIらしいカラーは提示できたかなと思う。裏方メンバーに顔見知りが多くみんなタイトなスケジュールの中とても親身に取り組んでくれ、安心して舞台に上がれたことにも救われた。

BOK・SUIはまだまだ結成1年目、今年もいろいろ挑戦を重ね、熟成を深めていきたい。

 

打ち上げもそこそこにとんぼ返り、翌日朝イチから劇場に入り英哲・沼津公演の演奏風雲のみバージョン(苦笑)。

奮闘したよ(笑)。

こちらは4月に、師匠完全復帰で振替公演を行います。今回ご迷惑をおかけしましたことに深くお詫び申し上げますとともに、4月の公演を、どうぞお楽しみに!

 

…でようやっと通常営業に戻り教室もスタート。なかなかブログを書く手が進まぬうちに半月が経過。

先週末は、大好きな空間・甲府の桜座で40分ソロ演奏。

どソロ40分はなかなかハードな内容だったが、空間の素晴らしさに加え楽器のコンディションも良く、それほど疲れず気持ち良く演奏することができた。そう、完全ソロの公演も、今年はやりたいなぁ。

 

というわけで今週末は広島尾道で英哲公演、月末から3月中旬までは海外公演と続く。ボーッとしてるとあっという間に時が過ぎてしまいそうなので、春以降のライブ計画等をバタバタと進めております。あらためまして、本年も変わらぬご声援を、どうぞよろしくお願い申し上げます〜。

 


怒涛の公演月間4(終)

いやー、忙しかった。。。

 

9月後半から続いていた「怒涛の公演月間」の終盤が、あまりに目まぐるしく、途中レポートできず…

ようやっと、終わりました。

ということで、3週間分遡っての、レポートをば。

 

6日にモスクワから戻り、その週の金・土・日と連チャンで公演。

そして15日から今月2度目のロシア訪問でありました。

 

10日金曜は「英哲風雲の会」で学校公演。小田原市内の某小学校にて。相模湾を見下ろす小さな小学校の子ども達、とても熱心に演奏に聴き入ってくれた。今回は田代、辻との3人体制。

 

翌11日は、富士宮。

「第27回 織田信長サミット」のオープニングイベントに出演。富士宮市在住の書家・志村雅芳さんのライブパフォーマンスと太鼓が軸となり、舞、詩吟、尺八も交えたコラボレーションを展開するという、盛りだくさんな内容。

志村さんとはこれまでの数度の共演ですっかり打ち解け、気の置けない関係。そして尺八は、幼い頃からお母様の詩吟の会で歌付をされていたという土井啓輔さん。百戦錬磨の大先輩だ。

撮影禁止の現場だったので写真・映像がないのが残念だが、非常に密度の濃い、熱いコラボレーションとなった。志村さん・土井さんと「またきっとやりましょう」と固い握手を交わし、その足で奈良へ。

12日は奈良県国民文化祭関連イベント「NARA国際協力フェスティバル」にチーム英哲で出演。

韓国伝統芸能の巨匠・金徳洙さん率いる「サムルノリ」との、久々の共演。天理駅前の野外ステージでの「天請来雨」から始まり、それぞれのレパートリーを披露した後、合同作品「一鼓和楽」で共演。サムルノリの怒涛のリズムとエネルギッシュなパフォーマンスはやはり凄かった。我々の演奏も大いに熱が入った。

 

一息ついて、といきたいところだが、その間もなく冬の旅支度をして、ロシア・サンクトペテルブルグへ。

「国際文化フォーラム2017」今年は日本がテーマということで、幾つかの日本をテーマにした催しが前後して開催され、日本の文化庁長官らも当地を訪問していたらしい。

いかつい外観の建物に入るといきなり植物園があり、その2階に上がるとゴージャスな感じの劇場ホールが。

陸路で届いた楽器に欠品があり、他の楽器で対応。楽器はない時間はないコミュニケーションも取りづらいのなかなかシビれる現場を、スタッフ・出演者力を合わせて、なんとか乗り切りましたぜ(苦笑)。

着いて翌日仕込み&本番、終演後翌日午後には帰国の途につくというこれまでで最短の行程、観光ゼロ土産ゼロ、写真も数枚という恐ろしいロシアの旅であった。。。

 

…とここで「怒涛の公演月間」終了の予定であったが、2度目のロシア出発の直前に新たなお仕事が急遽決定。

それが、

 

「東京2020文化オリンピアードナイト」

 

開会まで1000日を切った東京オリンピックに向け、文化面、特に音楽シーンでも盛り上げていこうという趣旨のイベントで、ずらりと揃った豪華キャストに混じって演奏することになったのだ。

こんな仕事がこんな直前に決まるなんて、なんだかなと思ったりもするがそれはさておき(笑)、

太鼓は風雲・上田氏と2名で、

・ギター MIYAVI、ダンス 大前光市 両氏と「炎のランナー」

・ヴォーカル 鈴木瑛美子、高校生ダンサーと「We Will Rock You」

・サプライズゲスト「ゆず」と全出演者による「ワンダフルワールド」

に参加。全編マエストロ・岩村力 / 東京ニューシティフィルとの演奏、企画構成 宮本亜門。

東京駅前、行幸通りに特設ステージ組んでのイベント、客席数が限られておりごく限られた人しか参加できなかったようで(こうイベントこそたくさんの人が、通りすがりの人も含めてみんなで盛り上がれた方がいいのにと素人考え)残念だったが、各界の著名な人たちとの共演は、ワクワクしたしいろいろ学ぶこともあった。うん、楽しかった。

 

ということで、ようやっと「怒涛の公演月間」が幕を閉じました。

 

はぁー、おつかれ、ミキタくん。。。

そして、ここまで長々とレポート読んでくださった方も、おつかれ、でした♪

 

(写真は ゆず と一緒に「栄光の架橋」を熱唱する福島・宮城の高校生。バックステージから)

 

 


ロシア・モスクワレポート

昨日、ロシアより無事帰国。

モスクワには3泊という弾丸ツアーであったが、充実した旅だった。

 

旅の一行は、「英哲風雲の会」としてはせ、小泉、田代の3名、舞台監督F氏、今回の仕事を制作してくれた音楽事務所KAJIMOTOのスタッフAさんの5名。楽器は2月のナント〜9月のウクライナで使用した楽器がヨーロッパにそのまま置いてあるので、個人持ちの衣装・バチをスーツケースに詰めての軽装で、飛行機も成田〜モスクワの直行便という、これまでにない楽チンな旅でありました。

 

極寒とまではいかないが、さすがに寒い。外気は0度前後、時々雪もちらつく。外出時はセーターを着てコートを羽織る。

(写真左がコンサート会場「チャイコフスキー記念ホール」)

 

今回は、フランス・ナントの「ラ・フォル・ジュルネ」での英哲&風雲のパフォーマンスを袖から見ていたロシアの有名なピアニスト、ボリス・ベルゾフスキーさんが、自身が深く関わっておられるロシア国内の民族音楽を中心とした演奏家たちのコンテスト&コンサートのゲストに招聘してくれ実現した。国内の仕事との兼ね合いもあり、我々風雲3名での出演が決定。

 

会場はモスクワの中心クレムリンからもほど近い「チャイコフスキー記念ホール」。師匠が1998年にソロコンサートを行ったといういわく付きのホールだ。

(チャイコフスキーホールの外に大きなポスター幕が。風雲の写真も)

ハコというより円形の感じの空間は開放感があり、会場全体で一つの空間を共有している感じがとても心地良かった。

「海外あるある」の、ホールの正面入り口から階段を登り客席を突っ切って…というなかなかにシブい搬入経路であったが、これまた「海外あるある」、非常に屈強なスタッフが搬入から大太鼓の組み上げまでを少ない人数でテキパキと手を貸してくれ、驚くほどスムーズに事が運んだ。

 

数日前から、ロシア全土より100近いグループが別会場で審査を受けており、そこで選ばれたアーティスト10数組と、数組のゲストミュージシャンによるガラコンサートが最終日に行われるというのが今回のイベントの趣旨。我々はガラコンサートのトリを務めることとなった。

さすが国土の超広大なロシア、バリエーションに富んだ民族音楽があるものだ。教会音楽、東欧の香りがするメロディ、モンゴル系の馬頭琴やホーミーの技法、口琴、中東よりのリズムなど…前日に覗いたコンテスト、そして当日のコンサートの前半は客席で、これらをたっぷりと堪能させてもらった。

 

さて我々の出番。

18時からの3時間にも及ぶコンサートのラストということで、すでに引き上げてしまったお客さんもポツポツいたようだが、我々の「宴」演奏後は客席も、バックステージのコンサート出演者たちも大盛り上がりの様子で、コンサート後は次から次へと記念撮影やらインタビューやら声をかけていただいた。審査員で現地におられたKAJIMOTOの社長さんも「ラ・フォル…」のプロデューサー・ルネさんも大喜びしてくれ、師匠不在のパフォーマンスであったがまずは役目を果たせたかなと、3人でひと安心。

 

今回出会った様々な音楽や、我々の演奏に向けられた周囲の反応を通して、我々のやっている、日本の太鼓の、そして林英哲の手がける音楽・パフォーマンスというものがいかに「特殊」なものかということを、あらためて実感できた。今回も「高い下駄」を履かせてもらっての演奏ではあったが、なんとかコケることなく、しっかりと履ききって見せられたのではと思う。

また一つ貴重な経験をさせていただいた。関係各位に、心より感謝。

 

何一つ土産物も買わずの旅となったが、空き時間に地下鉄に乗り、赤の広場やお土産街を歩くこともできた。

我々同様ゲストとして出演していたスウェーデンのグループのヴォーカリスト(とてもパワフルな歌声の女性)からCDをもらった。俺も持って行けばよかった。。。

 

        赤の広場

 

    地下鉄構内。とてもきれい。

 

  各地から来たグループ。衣装もさまざま

 

 

 


怒涛の公演月間3

「怒涛の公演月間」今は小休止中。

先週は[BOK・SUI]で2公演。

火曜日は、沼津市内の某小学校の芸術鑑賞会。

 

実はこの小学校、なんと20年前に「教育実習」で一ヶ月お世話になった学校だ。

 

あの頃は、本気で教員になろうと思ってたっけ…。一ヶ月間、必死だったが、ものすごく充実した日々だった。

今思えばおそらく、教員という職業の大変さのごくごく一部と、教員という職業の面白さ・やりがいのたくさんを味わわせてもらった日々だったのだろう。

当時の校長・I先生は実習も終盤を迎えたある日、「君は教員にはならないだろうな」と予言された。事実その言葉通りになった。

プロの太鼓打ちになろうと決意して「ようそろ」を結成し、その最初のライブを行ったのが、教員を引退されたI先生がオーナーとなりオープンしたばかりの、市内のアート活動を応援する施設「コーログランデ」だった。先生が激励の言葉を綴りプレゼントしてくださった色紙は、現在も稽古場に飾ってある。I先生はその後病気で亡くなり、告別式でお別れの演奏をさせていただいた。

この学校に再び訪れ、しかも公演が出来るとは!幸せをかみしめながらの、午前午後2公演となった。

しかも、自分の太鼓の原点「黄瀬川太鼓」で高校まで共に太鼓を打っていた1年後輩のTが、教員として現在この学校に勤め、「太鼓クラブ」の顧問として子どもたちに太鼓を指南しているという、重ね重ねの偶然!縁の不思議さ、ありがたさをしみじみ感じた1日だった。台風一過の抜けるような青空が、まぶしかった。

 

 

翌日水曜は朝から雨。BOK・SUIライブ第2弾のため、東京へ。

今回は前半はデュオ、後半はピアノ・新澤健一郎さんを迎えてのトリオ。

前半が好き、後半が特に良かった、と、お客様の反応はそれぞれ。うん、よかったよかった。

自他共に認める「これぞBOK・SUI!」的な表現、カラーを打ち出せるにはまだ時間がかかるかもだが、互いの作品の世界に浸り、掘り進めながら、一から作品を一緒に作り上げていく作業に、これから少しずつ取り掛かっていこうと思う。

次回BOK・SUIは、年明け早々の1月6日、カメリアホールでの「和っしょい」だ(なんと、津軽三味線界のキング・木乃下真市さんとの対バン!)。

この日も新澤さんゲストで、今回特に好評だった楽曲を中心に、デュオ&トリオで構成する予定です。皆様のご来場を、心よりお待ちしておりますです。

https://www.kcf.or.jp/kameido/event/detail/?id=781

 

 

さて今年も残すところあと二ヶ月。「怒涛の公演月間」も後半へ。

2日から6日は、ロシア。風雲・田代&小泉と3人で、モスクワでの20分間の演奏に、全力投球してきます!

 



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太鼓奏者・はせ みきた

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